短編

沈む

夜更け。情緒に理解のないカラスが騒いでいる。
動物が寝る時間も人と変わらないとは思うのだが、実際に目にしたわけではないためか、いまいち想像がつきにくい。いつも見かけるのは、ちょんちょんとコンクリートを跳ねる鳩であったり、ゴミを漁るカラスであったり、昼間の彼らはやけに活動的だ。
あの元気を少しでも分けてほしいと思わないでもないが、そうしたらきっと、私は体の内から破裂してしまうだろうし、あの元気な鳥たちは羽ばたく力を失ってしまうのだろう。
風船が割れるような姿を想像して、少し頬が緩むが、そこでふと気づく。

空気が静まった。

カラスは鳴かず、風の音もせず、車の走行音も人の喧騒もない。

その静けさは、かなり心地が良かった。

しかし、それも一瞬のことで、私の意など解するはずもないカラスが、またわめき始めた。

いくら嘆いたところで、なにかが変わるわけでもないのに、彼らはそれすらも理解できないのだろう。いや、私とて、理解できているのかはわからない。
時に、純然たる単純な事実は、受け取るのがひどく難しい時がある。

そう、例えば、今朝コンビニに行ってみたのだが、レジには誰もいなかったのだ。そのとき、私はその事実を受け入れるのに時間を要した。
店員が裏に引っ込んでいたわけではない。誰も、レジにはいなかったのだ。

コンビニといえば、24時間、いつでも誰かがいるという印象が強く、そのせいで誰も店内にいない、その状況を忘れてしまっていたのだと思う。
店内に入ったとき、明るい入店音がして、しかしそれだけで「いらっしゃいませ」が聞こえなかったことに違和感がなかった。私はその入店音だけで日常に立ち返ってしまったというわけだ。

ただ、その日常は失われてしまったが、私はきちんとお金を置いてきたし、規範というのはやはり簡単には壊れないものなのだなあと、自身のことなのに感慨深く思った。

いつの間にか、カラスの声は消えていた。

日常は溶けて、カラスも飲み込まれたのだろう。それか、もしかしたら、ありあまる元気でどこかへ羽ばたいたのかもしれない。
しかし、私にその元気はない。

膝丈までどっぷり浸かり、両手には今朝コンビニで購入したノンアルコールビールとスルメイカ。

アルコールでも入れておけば、私もカラスと飛べただろうか。いや、そんなはずもない。
どうせ、千鳥足になるのが関の山だ。
噛み切れないスルメも海に返してやろう。そーれ、海は恋しいか?

なんだか、気分が上がってきた。間違えてアルコール入りを買ってしまったか?
缶を見て確認しようとしたが、視界がぼやけてわからなかった。なにより、異様なほど暗い。
そういえば、電気を点けていなかったな。いや、点かないんだ。そりゃどうして?

どうにもこうにもない。
掴んでいるのも藁じゃなくて缶ビール。

…………。

沈む。

最後に感じる塩味は、一体なんの味なんだろう。

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